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最近の記事・日記
2008-11-09 Whatever / Oasis(Music Rhapsody)
2008-10-29 自分頼り(日記)
2008-10-25 過失と、自由(日記)
2008-10-01 どうやら it's time to love someone !?(日記)
2008-09-19 台風一過!?(日記)
2008-09-15 リーマン、逝っちゃった・・・。(日記)
2008-09-13 断髪式(日記)
2008-09-12 「Bluetooth」で、パソコンと携帯電話とを接続(パソコン ネット関連)
2008-09-11 やっと新パソコン買いました! (日記)
2008-09-08 「skype」がクソ重い&その対処法(パソコン ネット関連)
2008-09-02 土砂降りの雨の中を・・・(日記)
2008-09-01 長月の始まり(日記)
2008-08-31 バイバイ、夏よ(日記)
2008-08-27 暫しの別れ(日記)
2008-08-20 パーッと散財!(日記)
2008-08-18 iTunesがクソ重い&その対処法(パソコン ネット関連)
2008-08-13 Music Rhapsody “哀しきdreamer”
2008-08-11 Music Rhapsody “Thalia”
2008-08-10 髪を切るべきか・・・
2008-08-08 ロシアvsグルジア開戦
2008-08-06 Google マップ日本版にも「ストリートビュー」機能 “道路に立って街中を見渡せる”
2008-07-31 恋愛教習所
2008-07-30 官僚よ、真面目に働け!(アクセス解析より)
2008-07-27 Lady Go Round
2008-07-26 水平線
2008-07-20 自己流・恋愛回避法
2008-07-19 世直し@ヤフー
2008-07-17 号外!「マキシマム ザ ホルモン」地獄絵図襲来!
2008-07-15 際どい、『在日』との縁 〜苦悩する人間〜

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2008年10月29日

自分頼り

あまり詳しくは書けませんが、Aさん、Bさん、Cさん・・・(以下略)という人が、自分と、とある関係でいらっしゃいます。

まぁ、「とある」とは、学生時代だったり、某企業にいた頃だったり、今、勤めている会社時代(現在も含む)だったり、etcなどで、知り合った人であり、様々です。

ビックリしたことに、皆さん、素晴らしい方々であった、と過去形になるところが、現在進行形で素晴らしい、ご活躍をされてらっしゃることを再度、認識する機会がありました。

個人の比較をすることは、一般的にも個人的にも良くないことだと重々承知の上で、敢えて自分と、彼ら彼女らとを比較し、再度、少し思考してみました。

弱気になっても、その素振りを見せない私が、少し「他人頼り」という、その素晴らしき彼ら彼女らに、
「頼ってもいいかな?」
という、邪悪な思案が過ぎりました。

「イヤ! ダメだ! 俺はそんな甘ちゃんじゃねーぞ!」

と無理に強がってみると、その一寸の悪夢から覚めることができました。

まぁ、勿論、人間は一人では生きていけません。
でも、それを超えて、何らかの利害関係を企んで知人を頼るというのは個人的に大嫌いです。

「金の切れ目が縁の切れ目」

は、その具体例の一つの過程と結果として、揚げられます。

それより邪悪な思考回路は、
「縁を頼って、金を欲すれば、その縁が切れる」
ということだ、と思うのです。

だから、「自分頼り」なんです、私は。

決して誰も信用しないとかじゃーありません。

「自分を信じられないで、他人を信じられるか!」

と誰かが言ってたのも、その「自分頼り」→「他人を信頼する」というプロセスで、正常だと思います。

一方、「他人頼り」して手に入れたり、身につけた財産・知識・地位・栄誉などで、あたかも「己自分自身の力」で、収得したもんだ!と「勘違い」してる人、これ問題だと思うんです。

実際、昨今のニュースでも、某馬鹿社長だったり、某馬鹿リーマンだったり、他諸々、上記の誤った「勘違い」した結果、ポリさんに捕まってる件が、多々報道されてます。

自信と自己過信との違いとも言えると思います。

まぁ、そんなこと考えていると、私はやはり、己を信じて、たとえ辛苦の道でも行けるとこまで行ってやろう!と思ったわけです。

「守るべきもの、失うものは、何もない!」

実際、5年以上前までは、そう思ってました。

が、両親も共に病を抱えていますし、さすがに、長生きはしてもらいたいので、両親は守る、失いたくない。

また、私の大事な人間関係という無形の財産以外、

「守るべきもの、失うものは、何もない!」

という上記の通り例外は、年と共に増えましたが、まだまだ、怖くない!

「やるぞー、やるぞー、やるぞー!」

と言ったら変な宗教みたいですが、己を良い意味で催眠するのは心理学的に良い結果が出る、というデータがあるらしいので、自己暗示してます。(笑)

彼ら彼女らに対して、悔しく感じるとか、負けられないとかというのとも違います。

ただ、当サイトのトップにもあるとおり、

「おもしろき こともなき世を おもしろく」
を実現させ、
「楽しい」ライフを送りたい、という一念のみです。

って、よく誤解されるんですけど、「楽しい」ってのは、ずーっと楽しい状態が続くことを希望しているわけではないです。

そんな「楽しい」感じを、死ぬまで恍惚したいんであれば、言い方が悪いですが、「薬」でもやればいいわけですよ。

非合法・脱法的な行為は、絶対にしたくありません。

ちょっと話がずれましたが、「楽しい」状態をつくるために、「頑張る」ってのが必要なのです。

今、思い出しました。

学生時代の恩師が、

「富士山に登頂して満足するのではダメ。山脈のそれぞれの頂に、登頂しては降り、また登頂しては、降りの繰り返しをすることが必要だ。」

と言ってました。

その感じですね、私が言いたかったのは。
今のところ、私はそれを実行していますし、これからも実行していきたいです。

って、ちょっと、長々となりましたので、今回はこの辺りで。
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posted by katznor at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年10月25日

過失と、自由

ども。

なんか、このブログ、PC関係への記事へのアクセスが多いんで、
「“Windows vista”がクソ重い&その対処法」
みたいなのを書けば、アクセスも増えるんだろうけど、書く気ナッシングです。

まぁ、ブログは万人がやる時代ですし、だから、ある知りたい情報に関して既に誰かが書いてることが多いし、検索すればいくらでも「0円」(通信料金含まず)で見れるんだから、ってな感じで、しばらく日常の徒然という基本に戻ろうかなぁと。

ま、アクセス数なんてどうでもいいんですよ。

アドセンスも興味本位ですし。

ただ、アクセス「数」じゃなくて、アクセス「解析」は面白い!

って、変人でしょうか?

そうです、私は変人です、と答えておきましょう。

って、なーんか、凹むことが多い昨今です。

って、恐慌前夜を予知してるような感じ、とでも言いましょうか。

実は前回のウェブログを消去しようかどうか、迷ったんですが、残すことにしました。

あの日のブログは極めて誤解を生む表現が散見され、実際に、他人に迷惑をかけた、まではいきませんが、私的に不利益を被る契機を生み、機会・過程・結果が発生しました。

まぁ、いわゆる死語の「チャライ」発言内容が多く、前々ブログである「赤裸々な日記」状態に近い、読んだ人に不愉快な気分を与えた箇所もありました。

でも、実際、当時はそう思ってたわけで、これを轍とし、残すことによって、二度とあのような真似はしない、という自分への戒めにもなるようにと思い、残すことにしました。

以上、長々と前回の記事に関しての話を書きました。

で、最近は、もう、そんな浮ついたことをせず、ってか、する気も失せ、日々暮らしています。

「何事もない日々」で、明らかにツマラナイかなぁと感じることもありますが、やはり、やるべきことをきちんとする、という当然の事情を日々こなすことはやっております。

「己の生きる意味なんてない」と有名な哲学者が言いましたが、確かに、生きる意味なんてないのかもしれません。

ナンにおいても、代替可能性を考慮すれば、簡単に、難しそうに思える「生きる意味なんてない」ことが分かります。

だから、自由なんですよ。

また、自由だからこそ辛いんですよ。

で、自由から逃走したがる。

と、抽象的に一般論的に書きましたが、やはり、私は、左上プロフィールに書いてあるとおり、
「禁止することを禁止」=「自由」
でありたい、と思っています。

いくら辛くても自由でありたい。
悩み続けてもいい。
死にそうになってもいい。
でも、自由に生き続ける。

って、勘違いされそうなので加筆すると
「わがまま勝手に好き放題したいんじゃ!」
じゃないですよ。

その辺の良識は踏まえている前提での「自由」です。

また、何かから「解放」されたいという安直な発想から「自由」を求めているわけでもありません。

上記の通り、「四苦八苦」な悩みから解放されなくてもいいんです。
悩み続けます。
その悩みと格闘し、希望の光を追い求めます。

って、なーんだか、いつもと違う感じで、ダラダラ書いてきましたが、今の自分の考えていること、思いついたことを、「チラシの裏書き」的に書くのもいいだろう、と。

それでこそ、このブログが、私の思うところの「赤裸々な日記」の正体であり、コンヴィニエントなブログである必要はない、と思い始めた次第であります。

PS 「自由」を何回も使い、書きましたが、昨今の世界経済的な状況の思想としての「自由主義経済」を指していないことは了解して頂けると思います。また、「新自由主義」という概念における「自由」とも全く異なります。
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posted by katznor at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年10月01日

どうやら it's time to love someone !?

あ、ども。おひさしぶりです。

いつのまにやら神無月。

色々と前回の日記からあったのですよぉ。

海外にぶっ飛んでた旧人とは、音信不通。

もう、知ったこっちゃない。

そんなことより、やっぱ、短い髪は定評。

褒め上手な人は

「ジャニーズ系、男前」

と、社会人になってから、前勤め先で男性の上司に言われた以来の好評っぷりに唖然。

ま、営業トーク分を差し控えても、また、たとえ嘘であっても嬉しいモノだ。

ってな感じで浮かれてたら、女性との出会いを加速度的に求めてしまうハメに。

ま、俺も、年食って、一応結婚適齢期に入るんだから、いいだろう。

と思い、行動に移してみたわけですよ、はい。

もう、一時期は、「俺はアマちゃん恋愛初心者か?」
と言うくらい、日本語がおぼつかなかったです。

って、普段、ビジネスで英語・米語が基本なんで、かつ、プライベートでも日本語を話す機会が他人より少ないため、いわゆる「英語脳」的になってしまってたんです。

だから、「あなた、日本語、おかしいよ。」

と幾人かに突っ込まれるという情けない醜態を晒してしまいました。

ま、そんな紆余曲折もありながら、素敵な女性数人と巡り会うこともあり、秋を楽しく過ごせそうな気配。

って、本当は、恋愛より大事なことがあるんだよ!

と自分には言い聞かせて、セーブしています。

「セーブ」とは「ストップ」に近い状態です。

「付かず離れず」状態をキープです。

恋に盲目になるのには、年を重ねすぎていますから。

ビジネス優先はもちろんです。

また、語学、英語・仏語・支那語・西語のスキルアップに関して、かなり意識するようになってきました。

教材も少なからず購入して、酒も飲まず、それの取り組みに頑張っています。

また、新たにタイ語と、学生時代少し勉強したインドネシア語・マレー語にも触手を伸ばそうか?と思っています。

旧友や、周りに言われることは、「オマエの自然言語取得能力は高い」と言うことです。

自然言語とは、人工言語であるパソコンのプログラミング言語と比較して定義された、イワユル、「母国語・外国語」というものです。

実際、私は人工言語でとんでもなく悪い成績を学生時代残したわけですが、自然言語はサボってても普通の成績でした。

また、海外に行くときに、ど う し て も、ネイティブ言語で話してみたいという動機があったため、必死のパッチでした。

あぁ、こんなことはどうでもいいや。

タイトルは“it's time to love someone!?”でしたね。

そう、「好きぃなことや、モノが多すぎて・・・」って林檎さんの歌詞にもありましたね。

まさに今の私は「好きぃな人や、やりたいことが多すぎて・・・」
って感じかな?

まぁ、「男心(女心)と秋の空」だわなぁ〜。
どうなるか分からんよ(笑)。

とにかく、「神様のいない間に・・・」なぁんてね。

って何だよ!って話ですけど(笑)。

さて、「恋」や「愛」についての問題です、いきなり(笑)。
二択なんで、適当に選んで良し、考えてから続きを読んでもよしですよ。

問題

次の選択肢のうち正しいと思うのはどちらでしょう。

@一瞬が永遠になるのが愛 永遠が一瞬になるのが恋 
A一瞬が永遠になるのが恋 永遠が一瞬になるのが愛




正解は 
「一瞬が永遠になるのが恋 永遠が一瞬になるのが愛」です。
refered from 「目下の恋人」辻仁成

理解に苦しむ方は下記に補足しておきます。

「一瞬」に恋に落ち、その「一瞬」が、いつまでも続くかのように感じられるときってありますよね?
それが「永遠」であったり。だから、「恋」なんです。
逆に言えば、明日にでも、それが「恋」ではなくなる可能性がある。瞬間的に一目惚れした場合が一例ですね。


一方、ずーっと長いこと好きに思う人がいて、その人と一緒になれたと仮定します。そして、その人と死ぬまで(もしくは死んでも)一緒にいたいと思ったとします。そんな「永遠」について考える・思いつく「一瞬」は正しく「愛」を感じているはずです。そして時間の経過とともに、その「永遠」が「一瞬」に感じられると、「愛」になるんですね。

って、以上、書いてみたが、説明が下手ですみません。
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posted by katznor at 00:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
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